› 並木通りの音楽ヤ › amazon selection

2025年04月05日

♬現代が忘れ去りつつある何かがこの演奏に*リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管○バッハ・ブランデンブルク協奏曲全曲

J.S.バッハ: ブランデンブルク協奏曲(全曲) (2SHM-CD)
カール・リヒター
Universal Music
2021-07-07


通販レコードのご案内モダン楽器を選んだリヒターの峻厳なバッハ。バッハの世俗音楽はもっと気軽に聴きたいという気持ちもないわけではありませんが衝撃を受ける「ブランデンブルク」を代表する名盤の一つです。

DE ARCHIV SAPM138 438/39 リヒター/ミュンヘンバッハ管弦 バッハ ブランデンブルク協奏曲(全曲)《独シルヴァー・ラベル》DE ARCHIV SAPM138 438/39 カール・リヒター ミュンヘン・バッハ管弦 バッハ・ブランデンブルク協奏曲(全曲)
 バッハ演奏に生涯をささげた巨匠、カール・リヒターによる有名なブランデンブルク協奏曲。
 モダン楽器小編成オーケストラによる求心力の強いキビキビしたリズムと力強い推進力が特長のバッハ演奏。アンダンテで深い抒情を聴かせる、ニコレやクレメント、バウマン、リンデ、ヘッツェル等、ソリストが非常に豪華なのも特筆されるところ。リヒターのしつらえた完璧なフォルムの中にあって、随所で味わい豊かなソロを聴かせてくれています。
 録音は歪みなく明せきな音質で各楽器がクリアーに聞きとれます。1967年、ステレオ録音。
ソリスト:カール=ハインツ・シュネーベルガー(vn)、クルト=クリスティアーン・シュティアー(va)、オスヴァルト・ウール(gamba)、ヨハネス・フィンク(gamba)、フリッツ・キスカルト(vc)、ヘルベルト・ドゥフト(db)、マンフレート・クレメント(ob)、ヘルマン・バウマン(hrn)、ヴェルナー・マイヤードルフ(hrn)、カール・コルビンガー(fg)、ハンス・マルティン・リンデ(rec)、ギュンター・ヘラー(rec)、ピエール・ティボー(tp)、ヘトヴィヒ・ビルグラム(cem)


ヴィンテージレコード詳細・コンディション、価格

プロダクト

レコード番号
SAPM138 438/39
作曲家
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
オーケストラ
ミュンヘン・バッハ管弦楽団
指揮者
カール・リヒター
録音種別
STEREO
製盤国
DE(ドイツ)盤
SILVER WITH BLACK LETTERING, STEREO 2枚組(150g)。

ヴィンテージレコードのカバー、レーベル写真

DE ARCHIV SAPM138 438/39 リヒター/ミュンヘンバッハ管弦 バッハ ブランデンブルク協奏曲(全曲)
DE ARCHIV SAPM138 438/39 リヒター/ミュンヘンバッハ管弦 バッハ ブランデンブルク協奏曲(全曲)

コンディション

ジャケット状態
EX
レコード状態
M-

通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
 
オーダーは 品番 / 26067
販売価格 6,600円(税込)

プライバシーに配慮し、会員登録なしで商品をご購入いただけます。梱包には無地のダンボールを使用し、伝票に記載される内容はお客様でご指定可能です。郵便局留めや運送会社営業所留めの発送にも対応しております。
入手のメインルートは、英国とフランスのコレクターからですが、その膨大な在庫から厳選した1枚1枚を大切に扱い、専任のスタッフがオペラなどセット物含む登録商品全てを、英国 KEITH MONKS 社製マシンで洗浄し、当時の放送局グレードの機材で入念且つ客観的にグレーディングを行っております。明確な情報の中から「お客様には安心してお買い物して頂ける中古レコードショップ」をモットーに運営しております。



  


2025年04月05日

大きなスケールと濃やかな情感の同居しているブラームス ― 甘美で豊麗なヴァイオリンとチェロのノーブルで格調のある響き

ヴィンテージレコードの醍醐味アナログLP時代のブラームスのヴァイオリンとチェロの二重協奏曲の定番であった名演。

JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
JP COLUMBIA OS136
(演奏者)ブルーノ・ワルター指揮 コロムビア交響楽団 ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
(曲目)ブラームス 二重協奏曲

フランチェスカッティ最円熟期ならではの甘美で豊麗なヴァイオリンの音色で聴かせる鮮やかなブラームスは彼のベスト演奏の一つ。チェロのフルニエのノーブルで格調のある響きなど、共演者にも恵まれた万全の布陣。バックは滋味あふれる品格の高さ、ブルーノ・ワルターがその最晩年に、録音用に特別編成されたコロムビア交響楽団と録音した歴史的名盤です。コロンビア自慢の広がりのある360サウンドも特筆すべき鮮明さである。


80歳で現役を引退後、ワルターから見ると孫の世代のような30歳代のジョン・マックルーアの強引な説得で、彼の意匠をステレオ録音すべく専属のオーケストラ、所謂コロムビア交響楽団が結成され、本セットは1958〜59年に集中的に製作された。その後、彼の死の年まで約5年間にわたり録音プロジェクトが続けられた。ワルターの遺言的産物である。


伝統的な手法による古典派やロマン派音楽解釈の第一人者として、20世紀初頭からなかばにかけてのヨーロッパなどで高く評価されてきたブルーノ・ワルターの演奏は、豊かな情感にあふれたロマンティックな美しさを志向したスタイル。半世紀ものあいだヨーロッパの聴衆を魅了し続けてきたという事実は、演奏史に深く刻まれるものです。


北ドイツの重苦しい冬空を思わせるような重厚な音楽が思い浮かびますが、ブラームスが秋から春のシーズンにおもに仕事をしたのはウィーンであり、夏になるとスイスのチューリッヒやトゥーン、あるいはオーストリアのペルチャッハなどで過ごして作曲を行った。彼の音楽を聞いているとこのアルプス地方からイタリアへの憧れのようなものが、重々しい楽想に光を当てて音楽を魅力的にしている。この曲の第2楽章はアルペンホルン風の出だしの後、しみじみとしたメロディーがアルプスの夕暮れを思い起こさせ、ヴァイオリンにヴィオラが寄り添い、更にヴァイオリン・ソロが花を添える。この作品は当時、ヨアヒムの邪推から険悪となっていたブラームスとヨアヒムの和解をもたらした作品で、初演当時は「和解の協奏曲」とも呼ばれていた。協奏曲と言えば、華麗なソロを聴衆は期待していたわけなのだが、そうしたものには目もくれず、ブラームスは作品優先で仕上げている。聴き終えた後には、ああなんて美しいのだろうと、心を和ませる。


ワルターの為にロサンジェルス・フィルのメンバーや映画スタジオの音楽家などを中心に構成されオーケストラである「コロムビア交響楽団」を指揮した一連の晩年のステレオ録音は、大きなスケールと濃やかな情感の同居しているところに特徴があり、フランチェスカッティとフルニエという大物を迎えた二重協奏曲での大らかな表現などどれも聴きごたえのある演奏ばかり。


米国コロムビアの発祥は1930年に設立されたコロムビア・アーティスツ・マネージメント・インクという会社で、ユダヤ系資本が大株主で音楽界に絶大な力を及ぼしていることについては色々と書かれていることもあり、ユダヤ系のレナード・バーンスタインや同時並行して1950年代後半から引退中だったこれまたユダヤ系のワルターの起用したことは周知の事実。モノーラルからステレオの普及黎明期ということもあり、純粋に彼らの仕事を後世に伝えようとする熱意から発展した。なんであれ、こうして大指揮者の最晩年に多くの美しい録音がモノラル・セッションとステレオ両方とで残されたことは幸いでした。

1959年11月20日&22日録音。名演、名盤。

CDはアマゾンで購入できます。



レコード・ノート

プロダクト

レコード番号
OS136
作曲家
ヨハネス・ブラームス
指揮者
ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
オーケストラ
コロムビア交響楽団
指揮者
ブルーノ・ワルター
録音種別
STEREO
製盤国
JP(日本)盤

レコードのカバー、レーベル写真

  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
日本コロムビア製, STEREO 1枚組 (160g) 重量盤, 米COLUMBIA同一スタンパー XSM 使用盤.

レーベルガイド
日本コロムビア社社史によると同社クラシック・レコードの歴史は、英コロムビア(EMI)、米コロムビア(CBS)から原盤の供給、それを国内盤として発売して生業立ててきました。当時の日本国内では米英からの供給代理店変更当たり前、例として1960年に東芝音楽工業株式会社が設立され、1962年には英コロムビアとの契約を終了。さらに1968年には、CBSソニーレコード株式会社が設立。同年6月末日をもって、米コロムビアとの原盤供給使用契約が終結。これによって日本コロムビアは、EMIとCBSという二大メジャーレーベルの国内発売権喪失干されてしまいます。二大レーベルを失ったことにより、日本コロムビア社洋楽部門は、必然的に自主制作の道をたどって行くことなります。

  


2025年04月04日

2025年04月03日

大きなスケールと濃やかな情感の同居しているブラームス ― 甘美で豊麗なヴァイオリンとチェロのノーブルで格調のある響き

ヴィンテージレコードの醍醐味アナログLP時代のブラームスのヴァイオリンとチェロの二重協奏曲の定番であった名演。

JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲
JP COLUMBIA OS136
(演奏者)ブルーノ・ワルター指揮 コロムビア交響楽団 ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
(曲目)ブラームス 二重協奏曲

フランチェスカッティ最円熟期ならではの甘美で豊麗なヴァイオリンの音色で聴かせる鮮やかなブラームスは彼のベスト演奏の一つ。チェロのフルニエのノーブルで格調のある響きなど、共演者にも恵まれた万全の布陣。バックは滋味あふれる品格の高さ、ブルーノ・ワルターがその最晩年に、録音用に特別編成されたコロムビア交響楽団と録音した歴史的名盤です。コロンビア自慢の広がりのある360サウンドも特筆すべき鮮明さである。


80歳で現役を引退後、ワルターから見ると孫の世代のような30歳代のジョン・マックルーアの強引な説得で、彼の意匠をステレオ録音すべく専属のオーケストラ、所謂コロムビア交響楽団が結成され、本セットは1958〜59年に集中的に製作された。その後、彼の死の年まで約5年間にわたり録音プロジェクトが続けられた。ワルターの遺言的産物である。


伝統的な手法による古典派やロマン派音楽解釈の第一人者として、20世紀初頭からなかばにかけてのヨーロッパなどで高く評価されてきたブルーノ・ワルターの演奏は、豊かな情感にあふれたロマンティックな美しさを志向したスタイル。半世紀ものあいだヨーロッパの聴衆を魅了し続けてきたという事実は、演奏史に深く刻まれるものです。


北ドイツの重苦しい冬空を思わせるような重厚な音楽が思い浮かびますが、ブラームスが秋から春のシーズンにおもに仕事をしたのはウィーンであり、夏になるとスイスのチューリッヒやトゥーン、あるいはオーストリアのペルチャッハなどで過ごして作曲を行った。彼の音楽を聞いているとこのアルプス地方からイタリアへの憧れのようなものが、重々しい楽想に光を当てて音楽を魅力的にしている。この曲の第2楽章はアルペンホルン風の出だしの後、しみじみとしたメロディーがアルプスの夕暮れを思い起こさせ、ヴァイオリンにヴィオラが寄り添い、更にヴァイオリン・ソロが花を添える。この作品は当時、ヨアヒムの邪推から険悪となっていたブラームスとヨアヒムの和解をもたらした作品で、初演当時は「和解の協奏曲」とも呼ばれていた。協奏曲と言えば、華麗なソロを聴衆は期待していたわけなのだが、そうしたものには目もくれず、ブラームスは作品優先で仕上げている。聴き終えた後には、ああなんて美しいのだろうと、心を和ませる。


ワルターの為にロサンジェルス・フィルのメンバーや映画スタジオの音楽家などを中心に構成されオーケストラである「コロムビア交響楽団」を指揮した一連の晩年のステレオ録音は、大きなスケールと濃やかな情感の同居しているところに特徴があり、フランチェスカッティとフルニエという大物を迎えた二重協奏曲での大らかな表現などどれも聴きごたえのある演奏ばかり。


米国コロムビアの発祥は1930年に設立されたコロムビア・アーティスツ・マネージメント・インクという会社で、ユダヤ系資本が大株主で音楽界に絶大な力を及ぼしていることについては色々と書かれていることもあり、ユダヤ系のレナード・バーンスタインや同時並行して1950年代後半から引退中だったこれまたユダヤ系のワルターの起用したことは周知の事実。モノーラルからステレオの普及黎明期ということもあり、純粋に彼らの仕事を後世に伝えようとする熱意から発展した。なんであれ、こうして大指揮者の最晩年に多くの美しい録音がモノラル・セッションとステレオ両方とで残されたことは幸いでした。

1959年11月20日&22日録音。名演、名盤。

CDはアマゾンで購入できます。



レコード・ノート

プロダクト

レコード番号
OS136
作曲家
ヨハネス・ブラームス
指揮者
ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
オーケストラ
コロムビア交響楽団
指揮者
ブルーノ・ワルター
録音種別
STEREO
製盤国
JP(日本)盤

レコードのカバー、レーベル写真

  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
日本コロムビア製, STEREO 1枚組 (160g) 重量盤, 米COLUMBIA同一スタンパー XSM 使用盤.

レーベルガイド
日本コロムビア社社史によると同社クラシック・レコードの歴史は、英コロムビア(EMI)、米コロムビア(CBS)から原盤の供給、それを国内盤として発売して生業立ててきました。当時の日本国内では米英からの供給代理店変更当たり前、例として1960年に東芝音楽工業株式会社が設立され、1962年には英コロムビアとの契約を終了。さらに1968年には、CBSソニーレコード株式会社が設立。同年6月末日をもって、米コロムビアとの原盤供給使用契約が終結。これによって日本コロムビアは、EMIとCBSという二大メジャーレーベルの国内発売権喪失干されてしまいます。二大レーベルを失ったことにより、日本コロムビア社洋楽部門は、必然的に自主制作の道をたどって行くことなります。

  


2025年04月02日

イメージから程遠くドラマティック過ぎる◉フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル◯ベートーヴェン・交響曲6番「田園」

弦楽器の美しいウィーン・フィルの特質が活き、
十分に歌わせ柔らかく艶やかな音色が
音楽に寄り添って、かつての田園風景に誘います。
フルトヴェングラーの録音のなかでは
音の彫りが深く、ヌケが良く
ウィーン・フィルの弦楽、木管、ホルン等が美しく聴こえます。


CDはアマゾンで購入できます。



そこがフルトヴェングラーの悪い癖、いや、超スローテンポが次第に加速していく意思的な表現になっているところがフルトヴェングラーらしい。

 ピリオド楽器演奏や、ベートーヴェン時代の音楽習慣が研究されて、それを反映した現代の演奏に慣れきると、巨大なスケールに驚かされる。この曲の持つ一般的イメージからはほど遠い・深刻かつ重い表現です。
 極めて遅いテンポで、じっくりと始まって徐々に巨大に高揚していく。特に第1楽章と第2楽章は異様に思えるほどにテンポが遅い表現で、一部評論家からはフルトヴェングラーの「田園」はドラマティック過ぎるという評が昔出ていたほどだが、それも頷ける。しかし、音楽が停滞したりもたれると感じることは全く有りません。
 先輩格のニキッシュから習得したという指揮棒の動きによっていかにオーケストラの響きや音色が変わるかという明確な確信の元、自分の理想の響きをオーケストラから引き出すことに成功していったフルトヴェングラーは、次第にそのデモーニッシュな表現が聴衆を圧倒する。当然、彼の指揮するオペラや協奏曲もあたかも一大交響曲の様であることや、テンポが大きく変動することを疑問に思う聴衆もいたが、所詮、こうした指揮法はフルトヴェングラーの長所、特徴の裏返しみたいなもので一般的な凡庸指揮者とカテゴリーを異にするフルトヴェングラーのキャラクタとして不動のものとなっている。
 全く機械的ではない指揮振りからも推測されるように、楽曲のテンポの緩急が他の指揮者に比べて非常に多いと感じます。しかし移り変わりがスムーズなため我々聴き手は否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまうのである。
 フルトヴェングラーはブラームスを評して「非常に客観的な音楽家」といい、「音楽における客観とは、音楽と精神、精神と音楽が結び付いてひとつになった時に起こるのである」といっています。この偉大な指揮者はブラームスの音楽は彼の哲学そのものであると喝破したのです。それは、そのままベートーヴェンにも当てはまり。それがドイツの交響曲に対する彼の表現方法なのだろう。
 ここでは弦楽器の美しいウィーン・フィルの特質が活き、十分に歌わせ柔らかく艶やかな音色が音楽に寄り添って、かつての田園風景に誘います。超スローテンポで始まる前半。第2楽章が特に遅い。一方、第5楽章は次第に少しずつ速くなっていってしまう。しかし、それはテンポを支える内容の濃さを持っている事にほかならない。
 フルトヴェングラーの音楽を讃えて、「音楽の二元論についての非常に明確な観念が彼にはあった。感情的な関与を抑制しなくても、構造をあきらかにしてみせることができた。彼の演奏は、明晰とはなにか硬直したことであるはずだと思っている人がきくと、はじめは明晰に造形されていないように感じる。推移の達人であるフルトヴェングラーは逆に、弦の主題をそれとわからぬぐらい遅らせて強調するとか、すべてが展開を経験したのだから、再現部は提示部とまったく変えて形造るというような、だれもしないことをする。彼の演奏には全体の関連から断ち切られた部分はなく、すべてが有機的に感じられる。」とバレンボイムの言葉を確信しました。これが没後半世紀を経て今尚、エンスーなファンが存在する所以でしょう。

通販レコードのご案内フルトヴェングラーだけが成し得た、人間感情の吐露が神々しさと凌ぎ合っているところに魅力を覚えるのです。

《英初期ラージ・ドッグ・セミサークル金文字盤》GB EMI ALP1041 フルトヴェングラー ベートーヴェン・交響曲6番「田園」
GB EMI ALP1041 フルトヴェングラー ベートーヴェン:交響曲6番「田園」
 戦後のスタジオ録音でフルトヴェングラーの録音の中では音が良い。 ― 一概にフルトヴェングラーの音が悪いというのは、演奏された響きに対して録音の響きが浅いのだ。 ― フルトヴェングラーの EMI 録音のなかでは音の彫りが深く、ヌケが良くウィーン・フィルの弦楽、木管、ホルン等が美しく聴こえます。フルトヴェングラーの音に悩まずに済むレコードです。スタジオ録音。

プロダクト

レコード番号
ALP1041
作曲家
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
オーケストラ
ウィーン・フィハーモニー管弦楽団
指揮者
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
録音種別
MONO

1952年録音。

販売レコードのカバー、レーベル写真

  • GB EMI ALP1041 フルトヴェングラー ベートーヴェン:交響曲6番「田園」
  • GB EMI ALP1041 フルトヴェングラー ベートーヴェン:交響曲6番「田園」
EARLY LARGE DOG WITH GOLD LETTERING。

コンディション

ジャケット状態
EX
レコード状態
EX++
製盤国
GB(イギリス)盤

通販レコード

詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。
  • オーダー番号28104
  • 販売価格13,200円(税込)
詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。プライバシーに配慮し、会員登録なしで商品をご購入いただけます。梱包には無地のダンボールを使用し、伝票に記載される内容はお客様でご指定可能です。郵便局留めや運送会社営業所留めの発送にも対応しております。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、つねにトスカニーニ、ワルターと並称される20世紀最大の巨匠であるが、その役割は、ただ指揮者として偉大であったというばかりでなく、唯物的感覚的な今日の音楽認識世界のなかで、正統的ロマン主義を意義づけ、音楽の思弁的有機的意味を復活した、というような点でも歴史的存在なのである。

フルトヴェングラー年譜

1886年(明治19) 0歳
1月25日、ベルリンにて誕生。父は高名な考古学者アドルフ・フルトヴェングラー(1853~1907)。
1906年(明治39) 20歳
2月19日、カイム管弦楽団(現在のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)を指揮してデビュー。ベートーヴェンの“献堂式”序曲とブルックナーの交響曲第9番を演奏。
1922年(大正11) 36歳
1月23日に急逝したアルトゥール・ニキシュ(1855~1922)の後任として、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1928年まで)およびベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任。
1926年(大正15) 40歳
10月16日、初録音。曲目はウェーバーの歌劇“魔弾の射手”序曲。
1927年(昭和2) 41歳
フェリックス・ワインガルトナー(1863~1942)の後継としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任(1930年まで)。
1933年(昭和8) 47歳
9月15日、プロイセン枢密顧問官に就任。11月15日には帝国音楽院副総裁に就任。
1934年(昭和9) 48歳
11月25日、ドイッチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥンク日曜版に「ヒンデミット事件」と題した論文を投稿。ヒンデミットの歌劇“画家マチス”を上演禁止したナチスと対立。12月5日、プロイセン枢密顧問官および帝国音楽院副総裁を辞任。1935年3月に両者和解し、指揮台に復帰する。
1937年(昭和12) 51歳
10月8日と11月3日、戦前最高の名盤と謳われたベートーヴェンの交響曲第5番を録音。
1942年(昭和17) 56歳
4月19日、ヒトラー生誕前夜祭でベートーヴェンの交響曲第9番を指揮。
1944年(昭和19) 58歳
12月、戦災に苦しむ同胞のためウィーン、ムジークフェラインザールにてベートーヴェンの交響曲第3番“英雄(エロイカ)”を放送用に録音。1953年にアメリカ、ウラニア社がレコード化し「ウラニアのエロイカ」として有名な録音となる。
1945年(昭和20) 59歳
1月28日、ウィーン・フィル定期演奏会へ戦前の最後の出演。1月30日にウィーンを発ちスイスへ亡命。第2次大戦終結後、連合軍から戦時中のナチ協力を疑われ、演奏禁止処分を受ける。
1947年(昭和22) 61歳
5月25日、「非ナチ化」裁判の無罪判決をうけ、戦後初めてベルリン・フィルの指揮台に立つ。曲目はベートーヴェンの交響曲第5番“運命”、同第6番“田園”ほか。
1948年(昭和23) 62歳
10月24日、ベルリンでブラームスの交響曲第4番を指揮。実況録音が巨匠没後の1959年にLP化され、同曲最高の名演の一つと言われるようになる。
1951年(昭和26) 65歳
7月29日、バイロイト音楽祭再開記念演奏会でベートーヴェンの交響曲第9番を指揮(7月29日)。このときの録音は彼の没後にLP発売され「バイロイトの第9」として有名になる。
1952年(昭和27) 66歳
11月26、27日、EMIへベートーヴェンの交響曲第3番“英雄”をセッション録音。同曲録音集、また巨匠のセッション録音中でも屈指の名盤との評価を得る。
1953年(昭和28) 67歳
5月14日、DGへシューマンの交響曲第4番をセッション録音。巨匠の最も優れたレコーディングとして知られるもので、音楽之友社刊『新編名曲名盤300』でもこの曲のベスト・ワンとして推されている名盤。
1954年(昭和29) 68歳
11月30日、ドイツ、バーデン=バーデンにて肺炎により死去。

初期盤・クラシックレコード専門店「RECORD SOUND」

入手のメインルートは、英国とフランスのコレクターからですが、その膨大な在庫から厳選した1枚1枚を大切に扱い、専任のスタッフがオペラなどセット物含む登録商品全てを、英国 KEITH MONKS 社製マシンで洗浄し、当時の放送局グレードの機材で入念且つ客観的にグレーディングを行っております。明確な情報の中から「お客様には安心してお買い物して頂ける中古レコードショップ」をモットーに運営しております。

  


2025年04月01日

大きなスケールと濃やかな情感の同居しているブラームス ― 甘美で豊麗なヴァイオリンとチェロのノーブルで格調のある響き

ヴィンテージレコードの醍醐味アナログLP時代のブラームスのヴァイオリンとチェロの二重協奏曲の定番であった名演。

JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲
JP COLUMBIA OS136
(演奏者)ブルーノ・ワルター指揮 コロムビア交響楽団 ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
(曲目)ブラームス 二重協奏曲

フランチェスカッティ最円熟期ならではの甘美で豊麗なヴァイオリンの音色で聴かせる鮮やかなブラームスは彼のベスト演奏の一つ。チェロのフルニエのノーブルで格調のある響きなど、共演者にも恵まれた万全の布陣。バックは滋味あふれる品格の高さ、ブルーノ・ワルターがその最晩年に、録音用に特別編成されたコロムビア交響楽団と録音した歴史的名盤です。コロンビア自慢の広がりのある360サウンドも特筆すべき鮮明さである。


80歳で現役を引退後、ワルターから見ると孫の世代のような30歳代のジョン・マックルーアの強引な説得で、彼の意匠をステレオ録音すべく専属のオーケストラ、所謂コロムビア交響楽団が結成され、本セットは1958〜59年に集中的に製作された。その後、彼の死の年まで約5年間にわたり録音プロジェクトが続けられた。ワルターの遺言的産物である。


伝統的な手法による古典派やロマン派音楽解釈の第一人者として、20世紀初頭からなかばにかけてのヨーロッパなどで高く評価されてきたブルーノ・ワルターの演奏は、豊かな情感にあふれたロマンティックな美しさを志向したスタイル。半世紀ものあいだヨーロッパの聴衆を魅了し続けてきたという事実は、演奏史に深く刻まれるものです。


北ドイツの重苦しい冬空を思わせるような重厚な音楽が思い浮かびますが、ブラームスが秋から春のシーズンにおもに仕事をしたのはウィーンであり、夏になるとスイスのチューリッヒやトゥーン、あるいはオーストリアのペルチャッハなどで過ごして作曲を行った。彼の音楽を聞いているとこのアルプス地方からイタリアへの憧れのようなものが、重々しい楽想に光を当てて音楽を魅力的にしている。この曲の第2楽章はアルペンホルン風の出だしの後、しみじみとしたメロディーがアルプスの夕暮れを思い起こさせ、ヴァイオリンにヴィオラが寄り添い、更にヴァイオリン・ソロが花を添える。この作品は当時、ヨアヒムの邪推から険悪となっていたブラームスとヨアヒムの和解をもたらした作品で、初演当時は「和解の協奏曲」とも呼ばれていた。協奏曲と言えば、華麗なソロを聴衆は期待していたわけなのだが、そうしたものには目もくれず、ブラームスは作品優先で仕上げている。聴き終えた後には、ああなんて美しいのだろうと、心を和ませる。


ワルターの為にロサンジェルス・フィルのメンバーや映画スタジオの音楽家などを中心に構成されオーケストラである「コロムビア交響楽団」を指揮した一連の晩年のステレオ録音は、大きなスケールと濃やかな情感の同居しているところに特徴があり、フランチェスカッティとフルニエという大物を迎えた二重協奏曲での大らかな表現などどれも聴きごたえのある演奏ばかり。


米国コロムビアの発祥は1930年に設立されたコロムビア・アーティスツ・マネージメント・インクという会社で、ユダヤ系資本が大株主で音楽界に絶大な力を及ぼしていることについては色々と書かれていることもあり、ユダヤ系のレナード・バーンスタインや同時並行して1950年代後半から引退中だったこれまたユダヤ系のワルターの起用したことは周知の事実。モノーラルからステレオの普及黎明期ということもあり、純粋に彼らの仕事を後世に伝えようとする熱意から発展した。なんであれ、こうして大指揮者の最晩年に多くの美しい録音がモノラル・セッションとステレオ両方とで残されたことは幸いでした。

1959年11月20日&22日録音。名演、名盤。

CDはアマゾンで購入できます。



レコード・ノート

プロダクト

レコード番号
OS136
作曲家
ヨハネス・ブラームス
指揮者
ジノ・フランチェスカッティ ピエール・フルニエ
オーケストラ
コロムビア交響楽団
指揮者
ブルーノ・ワルター
録音種別
STEREO
製盤国
JP(日本)盤

レコードのカバー、レーベル写真

  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
  • JP COLUMBIA OS136 フランチェスカッティ/フルニエ/ワルター/コロムビア響 ブラームス ヴァイオリンとチェロのための2重協奏曲/悲劇的序曲 BRAHMS:CONCERTO FOR VIOLIN&CELLO/TRAGIC OVERTURE
日本コロムビア製, STEREO 1枚組 (160g) 重量盤, 米COLUMBIA同一スタンパー XSM 使用盤.

レーベルガイド
日本コロムビア社社史によると同社クラシック・レコードの歴史は、英コロムビア(EMI)、米コロムビア(CBS)から原盤の供給、それを国内盤として発売して生業立ててきました。当時の日本国内では米英からの供給代理店変更当たり前、例として1960年に東芝音楽工業株式会社が設立され、1962年には英コロムビアとの契約を終了。さらに1968年には、CBSソニーレコード株式会社が設立。同年6月末日をもって、米コロムビアとの原盤供給使用契約が終結。これによって日本コロムビアは、EMIとCBSという二大メジャーレーベルの国内発売権喪失干されてしまいます。二大レーベルを失ったことにより、日本コロムビア社洋楽部門は、必然的に自主制作の道をたどって行くことなります。

  


2025年04月01日

軽やかでありながら華麗、しかも燃えるような情熱を内に秘めた唯一無二のパフォーマンス*リパッティ・プレイズ・ショパン


リパッティの遺した名盤のひとつ。
数あるショパンの『ワルツ集』の中でも
ひときわ光芒を放っている逸品。
《バルカロール》といい《ノクターン》といい、
レコードの数は実に多いのであるが、
雅歌ある情感で、
しかも現代のわたしらに心から共感できる
みずみずしいショパンも珍しい。



CDはアマゾンで購入できます。

ピアノ・リサイタル(クラシック・マスターズ)
ディヌ・リパッティ
ワーナーミュージック・ジャパン
2014-07-16


現代でも高い支持を得ているモノラル録音!
JP COLUMBIA OL3103 ディヌ・リパッティ ディヌ・リパッティ第5集

夭折の天才が残した、歴史的にも貴重な記録。

不朽の名盤《1960年10月発売日本コロムビア社製》JP COLUMBIA OL3103 ディヌ・リパッティ ディヌ・リパッティ第5集

 ショパンの晩年の名作4曲を集めたこのレコードは、1940年代の録音ではあるが、80数年を経た今もなおLPではこれらを凌ぐ演奏が出てこない。《ソナタ第3番》の磨き抜かれた演奏ぶりはこの上なく美しいが、正直に言って多少淡白すぎる点がないではない。しかしB面の3曲は、聴けば聴くほど驚嘆しないではいられない文句なしの名演奏ばかりだ。《バルカロール》といい《ノクターン》といい、レコードの数は実に多いのであるが、これだけ詩的な、気品の高い弾きぶりで、しかも現代のわたしらに心から共感できるみずみずしいショパンも珍しい。野暮ったいところが少しもなく、また師匠コルトーのように崩さないできっちり弾いているが、それぞれの雅歌ある情感は残さず表わし尽くされている。1950年に33歳で惜しくも夭折したリパッティがいかに完璧なテクニックを持ち洗練されたスタイルを駆使したか、またいかに優れた音楽性と円熟した表現力とを身に着けていたかを物語る名盤として、録音こそ古いけれど貴重な一枚である。リパッティのショパンは、このように実にすっきりとしている、しかも充実した華やかさを内に宿しているのが特徴であった。1960年10月発売日本コロムビア社製英国EMIからの輸入メタル使用盤、モノラル録音。
1947年3月1,4日(ソナタ)、2月20日(ノクターン第8番)、1948年4月17,21日(バルカロール)にロンドン、アビーロードスタジオでのセッション録音。1950年7月3-12日(マズルカ第32番)にジュネーヴでのスタジオ録音。
 リパッティの遺した名盤のひとつ。数あるショパンの『ワルツ集』の中でもひときわ光芒を放っている逸品。
 フランスで身に付けた華麗さや洗練さと、ラテン的な情熱が絶妙なバランスを保っている。
 これがモノ録音しか聴くすべが無い現代でも高い支持を得ている要因では無いかと結論づけては早計でしょうか。

レコード・クレジットとノート

JP COLUMBIA OL3103 ディヌ・リパッティ ディヌ・リパッティ第5集
JP COLUMBIA OL3103 ディヌ・リパッティ ディヌ・リパッティ第5集

プロダクト

Dinu Lipatti Plays Chopin
  1. タイトル
    JP COLUMBIA OL3103 ディヌ・リパッティ ディヌ・リパッティ第5集
  2. レーベル
    日本コロムビア
  3. レコード番号
    OL3103
  4. 作曲家
    フレデリック・ショパン
  5. 演奏者
    ディヌ・リパッティ
  6. 録音種別
    MONO
  7. 製盤国
    JP(日本)盤
  8. レーベル世代
    濃青銀文字
  9. カルテ(器楽曲)
    1枚組 140㌘重量盤, 1960年10月発売日本コロムビア社製 XAX-10022 輸入メタル使用盤。

リパッティは録音が良くない、ピアノの音色がわからないなどと言う人もありますが…


 令和2年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。後の明智光秀が主人公で、十兵衛と名乗っていた頃。斎藤道三との対面シーンから撮影はクランクインしたそうだ。2人が対面する直前の斎藤道三の登場は、常在寺の住職・日運が道三の正室である小見の方の病気平癒のため、献上した珊瑚の玉を数珠を作るためにかたちの揃った玉を小姓に仕分けさせているところからはじまる。そこで、リパッティのレコードの音が脳裏に浮かんできた。粒のそろった真珠玉が転がるような玲瓏にして高貴なピアノ。リパッティは録音が良くない、ピアノの音色がわからないなどと言う人もありますが、この日本初出盤はそんなことはなく、リパッティがどのような音色を持ったピアニストであったのか、はっきりとわかります。重厚な低音、鮮やかな中音、玉を転がすような高音と、音域ごとに優れたバランスがあります。ベーゼンドルファーか、スタインウェイか、録音に使用されたピアノははっきりしませんが、弦がハンマーで叩かれていることをイメージさせないベヒシュタインの響きは立体的な音の遠近も奏でられる特色がありますが、SPレコード録音は、テープ録音と比較はできませんが、年代を考えればむしろ優秀録音と言えます。
 リパッティが、20世紀のピアノ演奏史に燦然と輝いているのは、単に残された数少ない録音の素晴らさからだけではと思います。リパッティは録音に対しては何時も真剣で一枚のレコードが完成するまでは何度もテイクを重ね、それがより完成度を高めて、結果として強い説得力を生んだと云われている。
 33歳で夭折した天才、リパッティが遺した歴史的録音で、自身の行く末を知っていたのか、時に疾走し、時にたゆたう緩急絶妙のテンポ変化はありますが、音楽の重心が低い。それも単に「低い」というレベルを超えていて、その揺るぎなさ、安定感は他のピアニストからは聴くことができない。手の大きさなど物理的な作用もあるのだろうが、それよりも内面によるものが大きい。地球ゴマの円盤が高速で回転運動を行っている間は、回転軸の向きが常に一定不変に保たれる。音楽がどんなに勢いをもって動いても、その奥底ではシンと静まりかえったものがある。その結果として生まれる瑞々しい歌と躍動感が作品と一体となった ― 作曲者と聴く者が直接向き合うかのように感じられる稀代の名演。
 彼のピアニズムを一言で言い表すとすれば、繊細、清潔、透明、端整といった表現が相応しいと思います。例えばブザンソンのライヴを聴いて居て感じることですが、既に迫り来る死を避けがたい運命と悟ってたと思われながら、そのような苦悩を微塵も演奏からは感じさせずに、常に聴衆の方を向いていたのではと思いたくなります。
 33歳で逝ってしまったことが、何故か、英国のジャクリーヌ・デュ・プレやイシュトヴァーン・ケルテス ― それぞれに病死ではありませんが、突然の最期として ― に重なりあう。リパッティの33歳の早すぎた死は、何枚も名盤量産するという輝かしい未来を奪い、歳月を重ねて到達する円熟の境地を与えなかったですが、このルーマニアの才能を惜しむ声は高まりこそすれ、一向に衰えずリパッティ初期盤収集に苦労します。
ディヌ・リパッティ(1917年〜1950年)は、ルーマニアのピアニスト、作曲家。 ブカレスト生まれ。アルフレッド・コルトーに魅入られて教えを受けるが、33歳でジュネーヴ郊外でこの世を去った。
 彼のピアノの特徴は、透明な音色でピアノを最大限に歌わせていることである。純粋に徹した、孤高なまでに洗練されたピアニズムは古今でも随一とされる。
死因は白血病といわれることが多いが、実際はホジキンリンパ腫である。演奏会の直前まで40度の高熱を出して病床に伏していたリパッティであったが、医師の制止を振り切り、強力な解熱剤の注射により、ようやく立ち上がることができるような状態で、よろめくようにステージに姿を現し、やっとのことでピアノのところまで辿りつくことができたという。しかし、この録音を聴く限り、そんな身体の状況などは微塵みじんも感じさせず、集中力の高いピアノ演奏には驚かされるばかりである。
 このレコードで聴ける、ショパンはレコード芸術の歴史上でも貴重な遺産である。

  


2025年03月31日

受胎告知を受けたマリアが神を賛美して歌う讃歌 ― 完璧なハーモニーと美しいディクションは当盤随一

ヴィンテージレコードの楽しみ最高級のロッシーニ歌手がふたり。その透明感溢れる歌声と、合唱団の生み出す透明で混じりけのない響き。

FR VSM C069-02946 ムーティ ヴィヴァルディ・マニフィカト
FR VSM 2C 069-02 946QA VIVALDI MAGNIFICAT&GLORIA
(演奏者)テレサ・ベルガンサ ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ リッカルド・ムーティ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
(曲目)ヴィヴァルディ・マニフィカト&グローリア

現代を代表するイタリアの巨匠リッカルド・ムーティ。クレンペラーの後任として首席指揮者を務めていた時代のニュー・フィルハーモニア管弦楽団との録音は、巨匠の風格漂う堂々たる演奏だ。


〝自分が死んだときにどんな曲で送りだしてもらいたいか〟と同じ音楽愛好家同士で、そんな話をした経験があるでしょう。ここではネガティブな話ではなくて、それほど好きな曲がある?という話です。一世を風靡したピアニストが、精神的に回復していく過程でイメージ・ヴィデオ的に登場したヴィヴァルディの宗教音楽。映画の大ヒットと一緒に評判となりました。日本でもチケットが売り切れるほど話題のコンサートを開いた、オーストラリア出身の実在のピアニスト。デイビット・ヘルフゴットの話を元にした映画「シャイン」。才能がありながら、父親との確執から留学先のイギリスで精神を病み、一度は音楽から遠ざかったデイビット。彼をいろいろな面から支えてくれる女性と知り合い、結婚したのち、ピアニストとして活動を再会しました。


テレサ・ベルガンサとルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニという、最高級のロッシーニ歌手がふたり。登場個所が少なめでもったいないくらい。その透明感あふれる歌声と、確かな技巧と、合唱団の生み出す透明で混じりけのない響き、完璧なハーモニーと美しいディクションは、当盤随一の聴きどころといえるでしょう。当時、リッカルド・ムーティを擁していたEMIは、お互いにライヴァル心むき出しだったクラウディオ・アバドのいたドイツ・グラモフォンと、これまた何かにつけはり合うことが多かった。そのためムーティはモーツァルト、ベートーヴェンはいざ知らず、けっこうマイナーなロシア音楽だの、ありとあらゆる曲を録音している。そのためニュー・フィルハーモニア管弦楽団や、フィラデルフィア管弦楽団とのクァドラフォニック盤やデジタル録音盤でのEMIらしからぬ芯のある録音もよいです。そして、当時のイタリア・オペラ界の名歌手の黄金期でもあったため、ヴェルディの歌劇「アイーダ」、「仮面舞踏会」、「マクベス」の競いあうような争奪戦。皮肉なことに、両盤のキャストを混ぜ合わせると、史上最高のキャストが出来上がります。もしムーティが得意の曲だけやっていれば、「なかなかいい指揮者じゃないか」となるだろう。だが、現代においてはそれでは許されない。レパートリーもキャリアも、何でも拡大路線でなくては生きていけない。


ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意への試み」作品8から《四季》ばかりのヴィヴァルディですが、最近は50あまりあるオペラにも脚光が浴びている。映画『シャイン』で有名になったモテット《地上に真の平安はなく(Nulla in Mundo Pax Sincera, RV630)》をはじめ、宗教曲も多くて、その代表格が本盤の《マニフィカト ト短調(Magnificat, RV610)》と《グロリア ニ長調(Gloria, RV589)》。メゾ・ソプラノとコントラルトの二人の女声ソロと合唱、弦楽合奏と通奏低音のための《マニフィカト》は受胎告知を受けたマリアが、神を賛美して歌う讃歌。受胎の喜びと、賤しい我が身の僕が永遠の王(イエス)を産むという、大いに謙った立ち位置で祈る神至上の讃美歌。新約聖書のルカによる福音書第1章47〜55節「マリアの賛歌」に基きます。「マニフィカト」の名作といえば、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのそれが、輝かしい喜びに溢れているのに比べヴィヴァルディの《マニフィカト》はシリアス。冒頭の合唱はまるでバッハの《ロ短調ミサ》のキリエのような峻厳さを伴った響きです。曲は、11の部分から構成され、以後曲調は変化していき〝四季〟の音楽に歌が付いたような部分もありますが、歌詞の内容はなかなか厳しく、〝心の思いの高ぶった人を追い散らし、権力ある者をその座から引きおろし、卑しい者を引き上げ … 〟といった一種の厳しさも根底には流れています。


いつも明るく伸びやかなヴィヴァルディの顔に加えて、ちょっと落ち着いた雰囲気も横溢した、圧倒的な合唱の透明度。それがマリアの自らを戒めて祈り歌う謙虚な姿をとてもよく映し出している。それと通奏低音のチェンバロがすごく心地よく、喜ばしく快活な雰囲気を醸しています。バッハの受難曲の通奏低音でチェンバロが目立つと逆に騒々しく、不似合いとさえ感じられるのと対照的です。そのせいか、ナポリ生まれの熱血漢というイメージをまったく感じさせない、流麗で滑らかな演奏となっている。今日では帝王とも呼ばれるムーティが本盤を録音したのは、まだ30歳代の半ばですが当時の手兵だったフィルハーモニア管弦楽団は低迷期だったと言われる。録音当時はニュー・フィルハーモニア管弦楽団と名乗っていた名門も、ここでは優れたパフォーマンスを示している。時として情緒豊かにメロディを鳴らし、時として熱くオーケストラを語らせるイタリア人ムーティの自在な、しかし落ち着いたタクトがこの曲想に良くあっている。

1976年10月、11月、1977年6月ロンドン、キングズウェイ・ホール&アビー・ロード第1スタジオでの SQ STEREO 録音。

レコードノート・写真

  • ムーティ ヴィヴァルディ・マニフィカト FR VSM 2C069-02946QA
  • ムーティ ヴィヴァルディ・マニフィカト FR VSM C069-02946
  • ムーティ ヴィヴァルディ・マニフィカト FR VSM 2C069-02946QA

プロダクト

レコード番号
2C069-02 946
作曲家
アントニオ ・ヴィヴァルディ
演奏者
テレサ・ベルガンサ ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ レスリー・ピアソン ノーマン・ジョーンズ ゴードン・ハント
オーケストラ
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
指揮者
リッカルド・ムーティ
録音種別
STEREO
製盤国
FR(フランス)盤

COLOR STAMP DOG, QUADRAPHONIC 録音, STEREO 1枚組 (130g), Release 1978. 仏製見開きジャケット.



CDはアマゾンで購入できます。

華麗な宝石
ヴェネツィアの音楽と神聖な楽曲を愛する人のための質の高い古典的な録音。この「グロリア」は、作曲家の美しさと創造的な感性を最高に表現しています。ヴィヴァルディの協奏曲以外では、よく知られている宗教音楽で、ミステリアスな雰囲気をもとめる向きもありますが、本盤に限ってはムーティのタクト下の声の美しさに軍配を上げます。私の意見では最高の仕上がりの1つです。

  


2025年03月31日

2025年03月30日

名曲名盤縁起 降る雨に濡れる若者のメランコリーを描いた名作 ドビュッシー〜歌曲《巷に雨の降るごとく》

フランスの詩人ヴェルレーヌ誕生 ― 1844年3月30日

フランスの詩人、ヴェルレーヌが生まれた日(1844年)。ボードレールからの流れを汲みながら発展したフランス詩の中でも象徴派に分類され、ランボー、マラルメらと共に19世紀末の文壇を牽引した一人である。ヴェルレーヌの詩にはフォーレ、ドビュッシー、ラヴェルらが曲をつけている。
 名歌曲が生まれる源泉は、作曲家の創作意欲をかきたてる優れた詩にある。19世紀以降、ドイツにもシューベルトなどに名歌を書かせたゲーテなどの詩人たちがいたが、フランスはまさに大詩人の宝庫であった。今日が誕生日のポール・マリー・ヴェルレーヌ(1844〜1896)も歌曲に創作に貢献した一人だ。彼の詩をもとにフォーレ、ラヴェルがかなりの歌を書いたが、ドビュッシー作品が最も知られている。
 フランス語歌曲集の代表作にも挙げられる《忘れられた小唄》(1888年完成)は、ヴェルレーヌの詩集『言葉なき恋歌』のなかの詩による6つの歌曲で、《牧神の午後への前奏曲》で印象主義音楽の確立を高らかに告げたドビュッシー初期の代表作の一つ。その第2曲「巷に雨の降るごとく」は、堀口大學の名訳で日本人にも愛された名作だ。ピアノによるしとしとと降る雨の描写を背景に、若者のメランコリーがうたわれる。
巷に雨の降るごとく われの心に涙ふる。
かくも心ににじみ入る この悲しみは何やらん?

やるせなき心のために おお、雨の歌よ!
やさしき雨の響きは 地上にも屋上にも!

消えも入りなん心の奥に ゆえなきに雨は涙す。
何事ぞ! 裏切りもなきにあらずや?
この喪そのゆえの知られず。

ゆえしれぬかなしみぞ げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに わが心かくもかなし。

通販レコードのご案内数多くあるドビュッシー歌曲の大半は、二人の詩人ボードレールとヴェルレーヌの詩に作曲されている。

 多くの音楽家たちがヴェルレーヌの素晴らしい詩に魅了されてきた。《忘れられた小唄》は、ローマ滞在中の1886年から88年にかけて書かれた、ドビュッシー初期の代表的な歌曲集。ヴェルレーヌの詩集『言葉のないロマンス』から6編がとられている。いずれも言葉な繊細なニュアンスの音楽化を試みて、見事な効果をあげている。ヴェルレーヌの微妙・繊細な言葉に音楽を付すという作業を通して、ドビュッシーは言葉と音楽との関係を究めていった。
フォーレの歌の澄んだ優雅さが、モーツァルトの最も美しいアリアを思い起こさせるとするなら、その叙情性はシューマンのリートに匹敵するだろう。
 こう表現したのはフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル(1875ー1937年)です。パリ国立高等音楽院時代の師であったこともあり、ラヴェルはフォーレ(1845ー1925年)の歌曲を高く評価していました。
 おそらく日本ではドイツ音楽=クラシック音楽、というくらいドイツ・オーストリア系の音楽家の存在が大きいのだと思います。ドイツ系の音楽については、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなど、さほど音楽に馴染みのない人でも名前くらい知っています。ブラームス、シューマン、ワーグナーあたりの音楽家も、それなりに知られているでしょう。ではグノー、サン=サーンス、ドビュッシー、あるいはラヴェルやサティはどうなのか。フランス近代音楽の巨匠たちです。フランス音楽というのは、どのような受けとめ方をされているのでしょうか。
 ラヴェルから見たフォーレに対する世の中の評価は「このフランスの偉大な作曲家に対して、およそ釣り合っていない」という思いがあったようです。中でも歌曲に対するラヴェルの評価は高く、以下のように書いています。
フォーレの歌曲を研究することなしに、この作曲家の真価を理解することは不可能である。彼の歌曲は、ドイツのリートが支配していたヨーロッパの歌曲に、フランス音楽の価値を示すものだった。

 フランス音楽はドイツ・オーストリア音楽と比べると、どこか柔らかでちょっと気まぐれ、そして軽やかな印象があるように思います。またエスプリや品のいい官能も感じられます。そんなフランス音楽の中でも歌曲は、ドイツのリートやイタリア歌曲とともに、魅力あふれる聴く楽しみの多いジャンルかもしれません。
  • レジーヌ・クレスパ フランス歌曲集 VSM EL290446 1
  • フランス歌曲の歴史を変えた、永遠の名曲。レジーヌ・クレスパン(1927-2007)の名唱が遺されたのは本当に幸せだ。《月の光》はフォーレを代表する歌曲の一つで、ドビュッシーの〈月の光〉と同じくヴェルレーヌの詩に着想を得た作品。前奏からピアノ小品とも呼べる魅惑的で豊かな情感に満ちている。
  • エディタ・グルベローヴァ モーツァルト/ドビュッシー/ヴォルフ CBS IM42002
  • 圧倒的な美声と驚異的な技巧を兼備したソプラノ、エディタ・グルベローヴァ。張りのあるグルベローヴァの歌う、アクロバティックな歌唱は聴きものだ。ブラチスラヴァに生まれ、22歳で地元の歌劇場にロッシーニ《セヴィリアの理髪師》ロジーナ役でデビュー。2年後の1970年にウィーン国立歌劇場と契約し《魔笛》の夜の女王役に抜擢、1973年にはグラインドボーン音楽祭においても同役で好評を博しました。1980年には初来日し、リヒャルト・シュトラウスの《ナクソス島のアリアドネ》ツェルビネッタ役での超絶的な歌唱で瞬く間に人気を獲得、以降、21世紀に至るまで来日を重ね、円熟の歌声を披露しています。

Debussy Edition
Deutsche Grammophon
2012-04-26


Cloude Achille Debussy

伝統から外れた音階と半音階の用い方から19世紀後半から20世紀初頭にかけてジャズ、ミニマル・ミュージック、ポップスに至るまで幅広い音楽ジャンルに最も影響力を持った作曲家

(1862.8.22 〜 1918.3.25、フランス)

Cloude Achille Debussy フランス印象主義音楽の巨匠。13歳でパリ音楽院に入学、22歳でローマ大賞を得てローマに留学した。ロシア音楽の特にムソルグスキーから大きな影響を受けた。彼は音楽家としてたぐいまれな「耳」に恵まれていたが、後期ロマン派の伝統的な和声にあきたらず、模索を重ねていくうちに全音音階に基づく彼独特の和声体系を生み出し、親交のあった詩人マラルメらの印象主義の思想から啓示を受けた、“音楽の印象主義”というべき手法をうちたてた。1892年に作曲した交響詩の「牧神の午後への前奏曲」は印象主義の作風の最初の作品であると同時に、その特色のよくあらわれた作品として知られている。そのほかの主要作品には「ベルガマスク組曲」、「前奏曲」、「映像」、「版画」、「夜想曲」、「海」、「イベリア」、歌劇「ペレアスとメリザンド」などがある。

ロシア貴族趣味を継承して滲んだ音色を嫌った

 ドビュッシーは1862年にフランスで生まれ、5歳のときパリへ移った。母親は子供を愛さず、自分の生活を重視する性格だったため、伯母の元ですごし、そのとき初めてピアノのレッスンを受けた。パリ音楽院在学中から様々な人の伴奏者、ピアノの家庭教師をして生活費を稼いだが、特にチャイコフスキーのパトロンとして有名なフォン・メック夫人に1880年から仕え、様々な国をまわった。
 また、この頃からムソルグスキーの自由さ、繊細に内面を語る楽曲に尊敬と愛着を持ち始めた。また、ローマ大賞の副賞である、イタリアのヴィラ・メディチへの留学生活にはあまり気が乗らず、2年間で切り上げた。
 その後ワーグナーに傾倒するが、すぐに反対の立場になった。しかし、多くの資料は、彼の反対はポーズであったとしている。ドビュッシーの女性関係は、まず1881年アマチュア歌手であるヴァニエ夫人への愛から20曲以上献呈した。その中には「亜麻色の髪の乙女」も入っている。

 次に1888年、ガブリエルデュポン(ギャビー・レリー)と同棲をはじめたが、10年以上の同棲のあとに彼女を捨て、リリー・テクシェと結婚した。このとき多くの友人は批判したが、彼は自らの幸せのため、友人、恋人に冷酷にすることもいとわなかった。しかし、リリーとの結婚生活は6年しか続かなかった。
 彼は自身の生徒の母親のエンマ・バルダック夫人と恋に落ち、駆け落ちをして彼女との間に娘を1人もうけた。彼女はクロード・エマという名で、愛称をシュウシュウ(キャベツという意味)という。彼女の前でアルフレッド・コルトーはドビュッシーのピアノ曲を弾き、「おとうさんはもっとよく音を聞いていた」と言われたという。

略歴

1862年
フランスで生まれる
1871年
ピアノを学び始める
1872年
パリ音楽院に入学
1875年
初めて演奏会に出演
1884年
ローマ大賞受賞
1885年
ローマ大賞の副賞である、ヴィラ・メディチへ留学
1888年
デュポンど同棲を始める
1899年
リリー・テクシュと結婚
1905年
リリーと離婚、エマと同棲する
1915年
母死去
1918年
死去