
J-POPの原点
ドイツ映画音楽の黎明期!
YOSHIWARA
昭和の歌謡史の第1ページは、昭和4年に始まります。大正時代から日本でのレコード録音がありますが、昭和初年に日本製の蓄音機が発売。コンチネンタル・タンゴのブームでドイツのレコードが輸入され、その音楽を手本にするように。今年生誕125年、没後50年になるエルンスト・フィッシャーは無声映画のオルガン奏者から映画音楽の作曲家へ。昭和に入るとラジオ作曲家になりリスナー人気を得ます。最も有名な作品は管弦楽組曲『アルプスの南』でモダンオーケストラや軽音楽オーケストラのレコード(TELEFUNKEN,EMI etc.)が数々ある。
ドイツ・TELEFUNKENのレコードにある、ウーリッツァー・オルガンとオーケストラ演奏の「YOSHIWARA」(TELEFUNKEN ディスコグラフィーによると master 19559 1934.01.17 Wed, ベルリン録音)とタイトルのある1曲目には、「Japanisches Intermezzo」の注釈があるので日本の風俗を紹介する無声映画の幕間のための音楽なのか。大正時代の日本のレコードを聴いての楽想かもしれない。が、中間部分の叙情は日本の昭和歌謡曲(昭和10年までの最盛期の、という意味で)に影響の影を落としているように感じます。
エルンスト・フィッシャーの名前は昭和初期のドイツ作曲家として、記憶にとどめておきたい音楽家です。ラジオ放送が最先端文化だったドイツにおいて、新機軸となったシンフォニックな娯楽音楽の普及に貢献しました。戦後風化して久しいものですが1939年録音の「KLINGENDE WOCHENSCHAU」は聴きもの。軍隊の閲兵パレードで始める10のパートからなる管弦楽組曲。ファッションショーやエキゾティックなイベント、芸術の展覧会、ダンス競技会、ダービーの風景へと文武両道のドイツの栄光を描いていきます。
ドイツ・TELEFUNKENのレコードにある、ウーリッツァー・オルガンとオーケストラ演奏の「YOSHIWARA」(TELEFUNKEN ディスコグラフィーによると master 19559 1934.01.17 Wed, ベルリン録音)とタイトルのある1曲目には、「Japanisches Intermezzo」の注釈があるので日本の風俗を紹介する無声映画の幕間のための音楽なのか。大正時代の日本のレコードを聴いての楽想かもしれない。が、中間部分の叙情は日本の昭和歌謡曲(昭和10年までの最盛期の、という意味で)に影響の影を落としているように感じます。
エルンスト・フィッシャーの名前は昭和初期のドイツ作曲家として、記憶にとどめておきたい音楽家です。ラジオ放送が最先端文化だったドイツにおいて、新機軸となったシンフォニックな娯楽音楽の普及に貢献しました。戦後風化して久しいものですが1939年録音の「KLINGENDE WOCHENSCHAU」は聴きもの。軍隊の閲兵パレードで始める10のパートからなる管弦楽組曲。ファッションショーやエキゾティックなイベント、芸術の展覧会、ダンス競技会、ダービーの風景へと文武両道のドイツの栄光を描いていきます。